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徳島地方裁判所 昭和35年(行)1号 判決 1961年1月25日

原告 河野輝男

被告 徳島県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和二十九年六月四日徳島県指令阿総第一九九四号を以つて別紙目録記載の農地につきなした所有権移転の許可処分はこれを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、別紙目録記載の農地(以下本件農地という)は原告の所有であるが、原告は昭和二十九年四月一日附で被告に対し農地法第三条第一項の規定による所有権の移転をすることの許可申請をしたことがないのに、被告は、昭和二十九年六月四日徳島県指令第一九九四号を以つて本件農地について「昭和二十九年四月一日附申請の左記物件について所有権を移転することは農地法第三条第一項の規定により許可する」と指令し、訴外戸出匡に対し所有権を移転することを許可したが、右許可処分は右期日に原告から申請がないのに申請のあつたことを前提としてなしたものであるから違法である。

二、仮に原告から申請をしたとしても、昭和二十九年四月一日附で許可申請のあつた物件は西麻植字田淵三十九番の四田一反歩のみであつて同所五十五番の一畑一反三畝歩は申請していないのであるから、申請していない物件までも許可したのは違法である。

三、仮に以上にして理由がないとしても、許可指令は申請人である譲渡人と譲受人とに同時に通知すべきであるのに譲渡人である原告の全く知らないうちに譲受人訴外戸出匡のみに許可指令書を交付したのは手続上重大な瑕疵あるもので違法な行政処分である。

四、原告は昭和二十九年十二月三日右許可処分取消を求める農林大臣あての訴願を提起したところ農林大臣は昭和三十四年十月三日訴願棄却の裁決をし原告は同年十二月十八日裁決書を受領した。そこで、本件許可処分の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。と述べ、被告主張事実中訴外明石幸一が原告の妻の弟であることは認めるが、同訴外人が原告の代理人として本件所有権移転の許可申請手続をしたことは否認する。仮りにそのようなことがあつたとしても右明石には本件農地を担保にして金を借りる手続を依頼しただけで所有権移転の許可申請手続を委任したことはない。と述べた。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中本件農地が原告の所有であつたこと、本件農地について被告が昭和二十九年六月四日徳島県指令阿総第一九九四号を以つて農地法第三条第一項の規定による所有権移転の許可処分をしたこと、その許可書を原告との共同申請人であつて譲受人である訴外戸出匡に交付したが原告には交付していないこと、原告主張日時に原告から本件農地についての許可処分取消を求める農林大臣あての訴願が提起され、原告主張の日時農林大臣が訴願棄却の裁決をしその裁決書を原告主張日時に原告が受領したことは認めるが、その余の事実は争う。本件許可処分は、原告と訴外戸出匡との共同申請に基いてなされたものであり、右申請は原告等の真意に出たもので訴外明石幸一が原告を代理してなされたものであり、原告不知の間になされたものではない。従つてこれに基いてなされた本件許可処分には何等違法の点がない。すなわち、昭和二十九年三月下旬原告は、鴨島町西麻植小学校東側道路上において、同町西尾地区農業委員会書記多田好信に対し、このたび訴外戸出匡に本件農地の内(イ)の土地を売買することに契約成立したが、知事の許可申請手続については原告の代理人として訴外明石幸一(原告の妻の弟)を近く農業委員会に差し向けるから許可が得られるよう尽力してもらいたいと依頼し、次いで昭和二十九年四月一日に右明石幸一が訴外戸出匡と同道して原告の印鑑を持参し、西尾地区農業委員会事務局を訪れ農地法第三条の許可申請手続の申出があり、同委員会の書記多田好信が右申出に応じて申請書を作成し、同日付でこれを受理した。その後昭和二十九年四月二十日に訴外明石幸一が再び原告の印鑑を持参し、訴外戸出匡を同道して西尾地区農業委員会事務局を訪れて本件農地の内(ロ)の物件について売買による所有権移転の許可申請手続の依頼申出があり同委員会多田書記が前記同様申請書を作成し同日付でこれを受理した。ところが、昭和二十九年五月初旬原告の母が同委員会多田書記の自宅を訪れ原告と訴外戸出匡とが本件(ロ)の物件について売買契約をして知事の許可を得るため申請をしているが、この(ロ)の土地は原告の亡父長三郎夫婦が苦労して買い取つた因縁がある故、訴外戸出匡及びそれ以外の者にも売渡したくないので、この売買の許可をしないよう考慮方依頼があつた。その原告の母の申入れに対し(ロ)の土地の所有者は原告であるから申請のある以上審議しないわけにはいかないが、原告と家族とがよく話合をした上で譲受人の戸出匡と合意で売買契約をやめて許可申請を取下げられることになれば貴女の目的は達せられるから、そのように協議されたいと説明したところ、原告の母はこれを了解して帰宅した。西尾地区農業委員会では昭和二十九年五月二十四日午前九時過ぎ鴨島町西尾支所で委員会を開催し、本件(イ)(ロ)の土地外七件の農地法第三条による許可申請につき審議をしたが、その際多田書記が本件(ロ)の土地について、原告家族の母親に異議がある旨前記の事情を告げたところ、委員会は審議に先立つて申請人双方から意見を聞く必要があるとして原告及び訴外戸出匡の出席を求めることに決定し、鴨島町役場使丁宮西明を原告及び訴外戸出匡の各自宅に派遣して、農業委員会に出席方連絡せしめたところ、訴外戸出匡は出席したが、原告は原告自宅において家族と共に養蚕の飼育中で、右使丁宮西に対し、原告の許可申請してある訴外戸出匡への土地売買の許可申請に関しては家族一同異議がないので、許可してもらうよう委員会へよろしく頼むと伝言してくれとの依頼があり、且つ原告は養蚕のため出席ができかねるとのことであつたので、右宮西はこれを右委員会に報告した。そこで右委員会は出席した訴外戸出匡に対し本件(イ)(ロ)の土地についての前記許可申請の真相をただしたところ、同人は本件(イ)の物件の売買については原告及びその家族全員異議なく原告宅において売買契約が成立したものであり、(ロ)の物件も右同様であつたが右委員会に許可申請後原告の母親が(ロ)の土地の売買に反対しているとのことを聞いたので、仲介者多田一と共に原告宅を訪れ話合つた処、原告は勿論その妻及びその母も売買を了解し今後一切異議を述べないとの申入れがあつたと述べたので、右農業委員会は本件(イ)(ロ)の土地の売買契約及び農地法第三条の許可申請は申請人当事者双方了解し争いのないことを認めて、譲受人戸出匡に対する農地法第三条第二項の各要件について審議した結果適格者であることを確認し、許可相当の意見と共に本件許可申請書を被告に進達した。被告は本件許可申請に対し農地法第三条第二項の要件を審査したところ、その要件を具備していることを確認したので前記のように昭和二十九年六月四日付で許可処分をし、その許可書を西尾地区農業委員会を通じ同年六月十七日譲受人戸出匡に交付したのである。以上のように本件許可処分には何等違法の点がないから原告の本訴請求は失当である、と述べた。

(証拠省略)

理由

本件農地が原告の所有であつたこと、本件農地について被告が昭和二十九年六月四日徳島県指令阿総第一九九四号を以つて農地法第三条第一項の規定による所有権移転の許可処分をしたことは当事者間に争いがない。

そこで、右許可処分に原告主張のような違法があるかどうかについて判断する。

一、証人戸出匡の証言により成立を認めうる甲第三号証の一、二、甲第四号証の一、二に証人小川正司、戸出匡、宮西明の各証言を綜合すれば、原告は昭和二十九年三月下旬頃原告方において事業資金に充てるため本件農地の内(イ)の土地を訴外戸出匡に売却する契約をし、原告の妻の弟(身分関係は争いなし)に当る訴外明石幸一を代理人として同年四月一日付農地法第三条の規定による許可申請書を鴨島町西尾地区農業委員会を経由して被告に提出し、更に同年四月十七日本件農地の内(ロ)の土地を同じく訴外戸出匡に売却し、同じく訴外明石幸一を代理人として同月二十日付農地法第三条による許可申請書を前記農業委員会を経由して被告に提出したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて本件許可処分は原告から申請がないのになされたものであるから違法であるとの原告の主張は理由がない。

二、成立に争いのない甲第一号証(本件許可指令書)によれば、本件許可指令書には「昭和二十九年四月一日附申請の左記物件について所有権を移転することは農地法第三条第一項の規定により許可する」と記載されているのみで前記昭和二十九年四月二十日附申請については記載されていないが、証人小川正司の証言によれば、右許可指令書に昭和二十九年四月一日附及び同月二十日附申請の左記物件について云々と記載すべきものを誤つて書落したものであつて、前記二つの申請に対し一つの許可指令書を以つて許可処分をしたものであることが明らかであるから、かような過誤を以つて本件許可処分を取消すべき違法な瑕疵であるということはできないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

三、被告が本件許可指令書を原告との共同申請人であつて譲受人である訴外戸出匡に交付したが原告に交付していないことは被告の認めるところである。証人小川正司の証言によれば、徳島県においては従来農地法第三条による農地の所有権移転の許可申請があつた場合、これが許可指令書は共同申請人である譲受人にのみ交付するのを慣習としていたが本件許可指令書もかゝる慣習によつて譲受人の訴外戸出匡にのみ交付したことが認められる。右の適否について判断するに、本件許可申請は右訴外人と原告との共同申請にかかるものであるから、被告としては許可処分をするに当つてはその許可指令書は申請人である原告又は右訴外人の一方に交付すれば足りると解するべきであり、仮に共同申請人双方に交付すべきものであるとしても、原告はすでに本件許可処分のなされたことを知り昭和二十九年十二月三日農林大臣に訴願を提起し、訴願棄却の裁決のあつた後本訴を提起しているのであるから、そのような瑕疵はもはや本件許可処分取消の原因とはならないものと解すべきである。この点に関する原告の主張も亦理由がない。

四、その他本件許可処分に違法の瑕疵ある点を見出し難いので、これが取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし民事訴訟法第八十九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 依田六郎 丸山武夫 三宅純一)

(別紙目録省略)

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